新庄トライアウトオファーゼロの理由!引退後復帰のプロ野球選手は?

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「新庄剛志のトライアウト挑戦」

称賛に値するチャレンジだと思います。

トライアウト出場者で唯一のヒットを放ったにもかかわらず(元ヤクルトのジュリアスのスライダーをレフト前にはじき返したように新庄の持ち味である打撃の柔軟性は健在です。しかもタイムリーヒット。勝負強さは一級品。やっぱり持ってる人ですね!)

オファーはありませんでした。

3打席の打撃の機会がありましたが、全ての打席でブランクを感じさせない打席だっただけに、
彼なら

「辞めたの、や~~めた!!」

って来年も挑戦してほしいのです。

(2020.12.24追記)新庄新潟アルビよりオファー|インスタの終戦宣言削除し野球復帰?

 

 

「挑戦した自分に悔いはなし!」

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興味深かったのが、日本ハムファンの反応です。TwitterなどSNSを見てみると・・・

  • 今の日本ハムには清宮ではなく新庄が必要
  • なぜ斎藤(佑樹)がいつまでも残り、結果を出している人を入れないのか
  • 結局、年齢?今の日本ハムの選手より100倍動けてるよ!

などなど、

新庄剛志待望論!

が巻き起こっていました。

なかなかパンチの聞いたコメントが多かったようですね!

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ちなみに、字を間違ってますけどね(”後慣→後悔”でしょ!)
この辺が、新庄らしさですね(笑)

奇想天外・常識外、こんな選手は今後でで来ないかもしれません!
槇原の敬遠をひっぱたき、サヨナラ安打は奇想天外の極みですよね
(今のルールでは、もうこのような場面は見ることはできないでしょう!)

新庄剛志 敬遠球をサヨナラヒット! intentional walk hit

 

 

今後も目は離せない人だと思います。

ところで、

新庄は年齢が48歳ということがネックになりだめだったと言われていますが、

プロ野球選手を一度引退して、復帰した選手を調べてみたら、

とある共通点を発見してしまいました!!

その共通点が、新庄が復帰できなかった理由ではないか?

と、勘ぐりたくなるくらいの共通点です。

 

今回は、

新庄トライアウトオファーされなかった理由!復帰のプロ野球選手は?

と題して調べてみました。

 

最後までお読みいただけるように、しっかりと調べています。

新庄トライアウトオファーゼロ 引退後復帰のプロ野球選手はいるのか?

正直なところ、引退後復帰のプロ野球選手は、いたとしても数名だと思っていました。

冷静に考えてみればわかるのですが、高校野球で大活躍した選手でも、数年後には退団せざるを得ない厳しいプロ野球の世界。

そんなに甘い世界ではないことは、言うまでもない事実です。

調べてみると、とある興味深い傾向が見えてきました。

生年月日 ポジション 主な在籍球団名 プロ在籍年 復帰後の球団 在籍年
島田源太郎 1939年8月25日 投手 大洋ホエールズ 1958 – 1970 大洋ホエールズ 1972 – 1973
杉下茂 1925年9月17日 投手 中日ドラゴンズ 1949 – 1960 毎日大映オリオンズ 1961
栗山聡 1974年6月15日 投手 オリックス・ブルーウェーブ 1997 – 2003 オリックス・ブルーウェーブ 2004
城之内邦雄 1940年2月3日 投手 読売ジャイアンツ 1962 – 1971 ロッテオリオンズ 1974
伊良部秀輝 1969年5月5日 投手 ロッテオリオンズ 1988-2004 ロングビーチ・アーマダ 2009
西清孝 1966年4月8日 投手 南海ホークス 1985-1993 横浜ベイスターズ 1995-1997
田口竜二 1967年1月8日 投手 南海ホークス 1985 – 1990 福岡ダイエーホークス 1994
永田能隆 1973年1月18日 投手 オリックス・ブルーウェーブ 1998 – 1999 中日ドラゴンズ 2001
有沢賢持 1950年7月27日 投手 ヤクルトスワローズ 1979 – 1981 ヤクルトスワローズ 1984 – 1985

野球は続けながらプロ野球に復帰

生年月日 ポジション 主な在籍球団名 プロ在籍年 復帰後の球団 在籍年
河原純一 1973年1月22日 投手 読売ジャイアンツ 1995- 2007 中日ドラゴンズ 2009 – 2011
1年間浪人生活
小宮山悟 1965年9月15日 投手 ロッテオリオンズ 1990 -2002 千葉ロッテマリーンズ 2004 – 2009
途中野球解説者をしながらも鍛えていた
小川健太郎 1934年1月12日 投手 東映フライヤーズ 1954 – 1955 中日ドラゴンズ 1964 – 1970
社会人野球のチームを転々とする。
代田建紀 1974年2月11日 外野手 近鉄バファローズ 1998 -2002 千葉ロッテマリーンズ 2003, 2005 – 2008
2004年は浪人生活
村上誠一 1970年5月31日 投手 福岡ダイエーホークス 1989 – 1993 阪神タイガース 1995 – 1999
1994年はダイエーの打撃投手をつとめ、1995年阪神にテスト入団で現役復帰
益山性旭 1954年8月26日 投手 阪神タイガース 1977 – 1983 阪神タイガース 1985
打撃投手に転進後、1985年に現役復帰
木田優夫 1968年9月12日 投手 読売ジャイアンツ 1987- 2001 ロサンゼルス・ドジャース 2003  – 2012
巨人→オリックス→MLB→ヤクルト→日本ハム→(石川ミリオンスターズ)

その他の現役復帰選手(不祥事など)

加藤俊夫:捕手。1970年ヤクルト在籍中に、無免許運転で逮捕→解雇
1972年東映にて現役復帰。以降1985年まで現役をつとめ引退

 

中山裕章:投手。1991年に不祥事で大洋を解雇。1994年、中日で現役復帰。

外国人助っ人

ロバート・ローズ:史上最強野手の助人として2000年まで横浜で活躍。引退後、2003年ロッテに現役復帰もキャンプ中に退団

まとめ

今回調べてプロ野球選手の現役復帰の条件の傾向がわかりました。

ひょっとしたら、投手だったら、復帰はあったかもしれませんよね。

 

一度、プロ野球選手を引退して、復帰した選手の特徴は・・・・

  • 投手がほとんど
  • 野球を地味ながらも続けている
  • そして、何より「野球が大好きな、野球少年」ということなんでしょうね!!

 

新庄選手もピッチャーでチャレンジしていたら、

まさかのプロ野球復帰!!

ピッチャー新庄

あり得たかもしれませんね(違うか!!)!!

でも、一度引退しても野球の魅力に続けている姿は、大変勉強になりました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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